ホ−ム>>私のインターネット生活>>IT革命への対抗更新日 2007/2/5


IT革命への対抗(8)(2007/2/5追加)
ネット情報源
 
 WEB2.0の可能性はある程度分かるので、もうそろそろ実践しようと思う。
 ネットの情報収集力のすごさは、Googleが見せつけてくれたが、その威力を日常的・恒常的に使っているとは言い難い。

 しかし、何より、日本のマスコミはもういい加減勘弁したい。テレビ(の報道/トーク番組)も見過ぎているし、新聞ももういい。2007,2008年とアジアは大変な時代を迎えるのに、マスコミに頼っている自分が情けない。
 そこで、来年、2007年から毎日の情報収集をネットで行うことにした。やり方は、簡単にする。

 (追加)この情報の自己収集について、今読んでいる、竹内好の発言を紹介したい。
彼は新聞の「固定購読をやめることである。」「そもそも何百万部も発行する新聞は、ある意味ではすでに新聞ではないのだ。」、「結局、情報選択を自主的に行う方法を講ずるところまで行きつかざるを得ないだろう。」と語っている。これが1965年の発言である(「展望」2月号 全集第十七巻 p47)
今日、自主選択の可能性がもはや現実となっている事を本当に実感する。
 
     毎日1時間を情報収集に充てる。今は幸い、「自営」なので、やる気さえあれば、1時間割くことは十分可能だ。
 使う手段=道具は、インターネットサイト。10のサイトを自分で選んで、1時間内に見る。毎月1つぐらいはサイトを入れ替えてゆく。
 取りあえず、以下のサイトから出発する。
 
 1, ニュース  google news・・・ニュースの基本。グーグル・ニュースの日本語版はダメだ。元になる日本の新聞社のサイトが話しにならないほどお粗末だ。それで、英語版を元にするしかない。
ただし、これを自分用に「パーソナライズ」して使う。「アジア」「EU」を柱に追加してある。 


1ニュース(追加)Yahoo!News Full Coverage: World・・・上のGoogleの強いところは、その速報性にあるが、それは弱点でもある。どうしても、目新しい物を追うことになる。もう少し長期的にニュースを拾うには、Google方式を採り入れたYahooのこのページが良い。

 2,ニュース   オーマイニュース(日本)・・・・新しい、市民記者によるニュース。日本で根付くか、見守りたい。
「全記事」で当日アップの記事が見つかる。 

  3,ニュース オーマイニュース(国際)・・・・100ヶ国を越す市民の生の声が読めるのが嬉しい。朗読もあるので、英語の聞き取りの練習にも使える。ここにリンクされている「Japan Focus」は日本に関する英文論評がぎっしり。

  4,個人メディア   田中宇の国際ニュース解説・・・・日本でのニュース報道はマスメディアを飛び出した、優秀な個人記者に期待すべきと思う。このサイトは、緻密なネット調べをすれば、個人で充分やっていける時代になっていることを教えてくれる貴重なもの。

  5,ブログ(IT) joi ito  ・・・・ブログを代表して、日本のネット・グル伊藤穣一の活動と発言を追いたい。
日本語での更新は少なく、英語が基本になる。

  6,ケア   wamネット
  7,ケア   ゆきえにしネット

   東(北)アジア共同体、EUと外国新聞は探し中  
 
IT革命への対抗(7)
インターネット10年
 
 今年の5月で、インターネットに接続して10年になる。
 本当に多くの体験と変化の10年だった。10年を振り返って、今後を見通すような本がないかな、と思っていたら、素晴らしい本を見つけた。
 
   「ウェブ進化論」梅田望夫  筑摩新書
  
 ネットの進行状況をまとめ、指し示すような本はその都度紹介してきたが、この本はなかなかのものである。
 著者は、1960年生まれで、94年からシリコンバレーに住んでいる、IT業界の人。
 
 この本の基調は、検索エンジン、グーグルの新しさ、ヤフーとの思想的な違いを紹介しながら、日米のネット受入の違いを展開するものである。
 このコラムでも、グーグルを取りあげ、「グーグル、グーグル」と言い続けてきた僕としては、当然の、うれしい内容である。
 
 しかし、まず、この本は、ネット社会がオープンソース化を推し進め、突き進む中で、この数年生じさせてきた新たな試みを教えてくれる。久しぶりに「おー!!」という、驚きの喜びを感じた。
 
   

 
IT革命への対抗(6)
Googleニュース(日本語版)
 
 この欄の(4)でGoogleニュースの日本語版は当分実現しないだろうと書いたら、今年(04年)夏に日本語版が運用開始になっているのに気がついた。  
 英語版と比べてみたが、結論としては、日本語版は似ても似つかないもので、改めて日本のインターネットの貧弱さが浮かび上がってくる。

 Googleニュースの日本語版と英語版は機能としては変わりはない。違うのは、
 *日本のニュースは見出し程度で、情報量が少ない。
 *日本のサイト数は少なく、しかも内容はほとんど同じ。
 
 これだけのことなのだが、海外ニュースで同じニュースを選んで、両版を具体的に読み比べてみれば、どれほど違うか、すぐわかると思う。

 *日本語版・・・・こんなことが起こっている、と知る程度
 *英語版・・・・そのニュース、テーマについて論文が書ける
 
 このちがいは、日本の新聞社、報道組織のホームページの貧弱さが原因となっている。
  *内容が短い
  *通信社からの配信ですましている
  *過去の記事をすぐ消す→資料価値、検索価値が極端に低い
  *リンク機能を活用していない
  
 つまり、インターネットを活用する気がないのである。
 
 分刻みで自動更新されるのがGoogleニュースの特徴だが、英語版には「IN THE NEWS」というトピックコーナーがあって、楽しめる。
 記録更新を間近に控え、「イチロー」だけで7990の記事を集めている(イギリス版)。  

 
IT革命への対抗(5)
インターネットカフェ
 
 6月にイギリス、アイルランドに行って、初めてネット接続を体験した。
 
 外国でインターネットカフェが多いのは見てきたが、入ったことはなかった。03年にアメリカに行ったときは、研究者の先生方は空港での待ち時間でもメ−ルのやりとりに追われているのを横目で見ていた。
 
 今回も自分のメ−ルは1週間位見ないですますことにした。
 妻がノ−トパソコンでメールを取るというので、変換ジャッキなどを用意していった。

 今回経験したのは、
 *インタ−ネットカフェにノートを持ち込んでのネット接続
 *CDを持ち込んで、プリントアウト
 *ホテルでのネット接続
 
 接続法は,LAN接続だったので、差し込むだけでつながった。当たり前のことだが、つながって日本語フォントが入ってさえいれば、日本にいるのと何も変わらない。初めて自分のこのペ−ジを外国で見た。TCPIPのすごさを改めて感じた。
 

 最初はロンドンのカフェを利用した。利用者が使うメールボックス(本当の)があったり、街案内やいろんな情報が置いてあった。びっくりしたのは、使っているディスプレイのぼろいこと。もうほとんどカラーが出ていないものもあった。場末のカフェではない。「優雅な住宅地」ケンジントンのカフェだ。

 ダブリンで泊まったクラレンスは、古いホテルだがロックのU2が経営していて、木を活かしてしゃれた改装をしていた。テレビはなく、部屋にPCが入っていて、テレビ、ネット等が利用できるようになっている。ノートでの接続もできるが、1日単位で料金を取られる。
 
 ダブリンはインタ−ネットカフェが多かった。100台ほどはありそうな大きなものもあったが、10台足らずの小さなものが目立った。ほんとに狭い店に入ったが、飲み物も出さず、PC利用だけの店で、中国人がやっていた。
 ゲームをやっている人もいたが、仕事や勉強に使っている感じがした。イギリスでも、テレビでさえ買わず、レンタルですます傾向が強いから、「マイコン」普及はそう簡単ではないだろう。
 
 ヨーロッパはカフェ文化の歴史があるから、インタ−ネットカフェがその歴史を受け継ぎ、人が集まり、交流する場になっていると感じた、    
 

IT革命への対抗(4)
グーグル ニュースの衝撃
 
 インターネットでの英語情報の圧倒的優位は今でも続いている。
 
 リンク集2で紹介している"Google"の新しい機能もほとんど英語である。
 このギャップを埋めるためのWEB翻訳は、ところで、結構使えるようになっている。Exciteの翻訳を使って、日本語表示を出しておくと、そこからのリンクページをも日本語で表示してくれ、時間はほとんどかからない。
 つまり、グーグル ニュースだったら、ちょっと感を働かせば、翻訳ページの利用で十分使えると思う。ぜひ、試していただきたい。
 
 そこで、グーグル ニュースの中身に戻ると、その登場はやはり、相当の衝撃を与えていると思う。一例として、アスキーのページ。
 これだけの「決定版」が出ると、当然すぐ普及するだろうが、社会的軋轢を生じさせることになる。世界中のメディア、新聞社が苦労して作ったページを全部取り込んでしまうのだから、誰も新聞社のサイトを見なくなってしまう!!
 これは、技術的には、グーグルの圧倒的なプログラム力と当該ページへの直接リンクによって可能になっている。前者は仕方がないとして、競争相手からすれば、後者には噛み付きたくなるのは理解できる。「何の編集方針もなしに記事を運ぶ、ただのベルトコンベアーに過ぎない」(ワシントンポストの記者)ということになる。

 利用する個人からすれば、便利この上ないページだが、新聞社のサイトの広告収入はがた落ちになるだろうから、まだ「ベータ版」のこのページが正式なページになるかは、実は予断を許さない状況ではないだろうか?
 
 日本の新聞社で本当にネットに力を入れている所は少ないから、そもそも上のような問題の土俵にも上がっていないのが実情。
 グーグル日本の村上社長は、「日本で新聞を読み比べる習慣はあまりありません。手薄な開発陣をニュースに注ぎ込むほどのニーズがあるのか」(C NETJAPAN インタヴュー)とニュースの日本導入には消極的なようで、巨大な新聞社の力に挑む気はなさそうである。
 
 優れた技術がすぐ実用化されるわけではない、という現実にぶち当たり、「誰にとっての技術」という問題が出てこざるを得ない。      
 
IT革命への対抗(3)
翻訳文化とインターネット
 日本の教養主義がインターネットの普及によってどういう影響を受けたかを考えるときには、「岩波文化」の検討抜きには出来ない。人文学の世界での岩波の影響は否定できないだろう。

 竹内洋の「教養主義の没落」(中公新書)では「岩波書店という文化装置」として1章当てている。
 この本から、2つの興味深いデータを紹介する。まず、岩波書店の刊行物に占める翻訳書の割合は大正時代から増加し続け、1964年に最大の38.7%(10年平均値)となったこと。(p163)そして、岩波新書の初版部数が最大になったのが、1970年だった。(p220)
 
 よく言われるように、日本の社会科学、人文科学の特徴は、官学中心の翻訳文化であり、その象徴が岩波書店であった。洋行帰りのえらい先生が紹介、導入する「あちら」の理論 、学問が幅を利かせてきたのだ。

 竹内洋の「教養主義の没落」は、この岩波文化の衰退と教養主義の没落を重ね合わせて見ている。それは、そうなのだろうが、僕は岩波文化を葬ったのは、インターネットだったと思う。

  まず、僕は岩波の本を読まなくなってしまった。読書データ
 10年程前までは読書量の30%ほど占めていた岩波書店が今では5%も切ってしまった。岩波新書の減少が激しく、さらに、2000年以降は目立っている。
 これは、結果にすぎないかもしれないが、「新しいことはもはや岩波にはなく、ネットで探せ」、と変わってしまったとは言える。
 
 インターネット情報の圧倒的割合を占める英語情報がなだれ込んできた、それに気付いたときの驚きは忘れられない。そのなだれ込みのなかで、岩波文化は飲み込まれてしまったというのは言い過ぎだろうか?
 
 問題は、先に紹介したデータからもわかるように、岩波文化の爛熟期に育ってきた僕の世代にとって、根は深いということである。    
 
IT革命への対抗(2)
教養主義と
「つながる分散的知性」
 野村さんが「インフォアーツ論」で説いているのは、インターネットを巡る状況を「人文学的な視点で見ることの重要性」(p190)だと思う。
そこで、教養主義がインターネットの登場によってどう影響を受けるのが気になる。ちょうど、「教養主義の没落」(竹内 洋 中公新書)が話題になっている時期でもある。

 僕は、インターネットに出会ってきたこの数年の自分の大きな変化を、教養主義の没落というか変化の一対応形ととらえると分かりやすいと考えている。
 この辺を野村さんは端的にまとめている。「古典的教養主義は貯蓄型の知性だった」これにたいして、インターネット後の社会では、「ごく一翼の持ち分を自発的に掘り下げておけばよいのである。それは分散的な知性として、しかし、ハイパーリンク的につながることによって知力を発揮できる。」(p187)
 教養主義、知性がどのように変わっていくべきか、行かざるを得ないかを実に明確にされていると思う。
 
 僕はインターネットの強烈な魅力に惹かれ、はまっていきながら、従来からの「貯蓄型知性」を変えるとこまでは行かなかった。分散的知性の波を感じながらも、身の置き所を変えるにはいたらなかった。
 
 最近、仕事でWEB上の仕事を頼もうとした業者の女性に、何人ぐらいのSOHOの人たちと提携しているのかと尋ねたら、2万,3万人と答えられて、黙り込んでしまった。数百、数千だと理解できるが、というの正直なところだ。分散的知性をつなげる可能性と現実的具体性について考えさせられる。
 
 
   
IT革命への対抗
インフォアーツ論野村一夫

洋泉社新書
発行・・・・2003/1/22
 野村さんは社会学者で、個人サイト、ソキウスの制作者であり、「インタ-ネット市民スタイル」でインターネット活用の仕方を示してくれた人です。その人が7年ぶりに「最新の着地点」を著したとなると、読まないわけにはいきません。

 まず、雰囲気、論調はすっかり変わっています。「『祭りのあと』が本著の基調」「『ことばの市場経済』と化してしまった唇寒いインターネット」と悲観的であり、第2章「メビウスの裏目」では日本のネットの否定的現状がまとめられている。

 この本の主題は、進行する技術中心のIT革命に対して、著者の基本立場を鮮明にすることにあります。「インフォテック(IT)に対抗する原理の不在が問題なのである」として、「インフォアーツ」という概念を提案する。イメージが伝わり難い新語だが、「ネットワーカー的情報資質」「情報学芸力」とも言い換えている。

 具体的な提案も著者は行っていますが、それは、各自読んでみて下さい。
野村さんの基本的姿勢、身の置きかたに打たれました。96年から追ってきたインターネットの発展に対して、基本スタンスを決めるべき時期にきていると感じました。
そこで、「インタ−ネット本」の紹介のページは終わりにして、IT革命に対抗する取り組みを考えていくページを始めることにします。

ホ−ム>>私のネット生活>>IT革命への対抗本

更新日2006/12/31