ホ−ム>>イチ押しの人・話題>>ジョージ・オーウェル ジョージ・オーウェル(1903〜1950) 更新日 2005/12/2



とりあえず/写真/紹介/ヒキガエル/一枚の写真/「政治と英語」

 まずは、なぜここで取りあげたいか、から始めます。

 この、「イチ押し」で取りあげた人物の中では、オーウェルは一番有名、良く知られている人だと思います。
 オーウェルは20歳前後に少しは読んだので、なじみのある人で、いわば、再会した人です。30年以上読んでいなかったのが、”Why I Write"と言う題の薄い本(PenguinのGREAT IDEAS シリーズ)を読んでまた興味を感じたのです。
 そして、オーウェルにゆかりの深いバルセロナを今年(05年)の6月に訪ねて、彼が1945年以降死ぬまでに書いた政治評論を読んで、彼の見方の広さ、鋭さと先見性に驚かされました。

 その上、彼について書く気になったのは、オーウェルについての日本での評論を読んだからです。大石健太郎、佐藤義夫、西村徹、城島了各氏の本を読んで、その多様なオーウェル把握にビックリ。人は自分の立場から、その身の丈に応じてしか他人を見れない、と言う当然の事を再確認させられました。そして、では、自分なりのオーウェル像をまとめ、紹介したいな、と言う気になったのです。
 
 オーウェルはもちろん「動物農場」「1984年」が最も有名で、ソ連の崩壊により、今や予言者の位置に祭り上がってしまいました。しかし、彼個人の変わった人間性は、彼が死後30年伝記の出版を禁じていたので、あまり伝わっていなかったようです(このことは知りませんでした。)そして、生誕100年の2003年に、また注目を浴び、記念出版もあり、「1984年」は過ぎてしまったにかかわらず、ホットな人のようです。


写真   http://www.k-1.com/Orwell/site/$country=us$/about/pictures.html?expand=19#imageから
CDの写真      CDの写真      CDの写真
イートン校を出て、大学に進まず、ビルマで警察官となる。

カタロニアで、スペイン市民戦争に従軍。2メートルを越す身長。 右下は妻。
この写真について

イギリス人としてのオーウェル。木工か?

オーウェルの紹介は面倒くさいので、彼について興味を感じる点を、まず、箇条書きで紹介します。

*本名、エリック・ブレア。そう、現在の首相トニー・ブレアと同性。

*イギリス最高の名門、イートン校出身で、イートン出身者特有の英語を生涯捨てなかった。
*ところが、大学に進まず、ビルマで警察官として働き始める。
   これだけで、もう、普通ではあり得ないイギリス人としての経歴となる。
   そして、イギリス帝国主義支配の手先としての生活・労働体験から<帝国主義批判>へ。
*次に、イギリス、パリの都会で貧困生活を体験、<資本主義批判>へ。
*1936年、結婚直後に、妻と共にバルセロナに行き、スペイン内戦に従軍。
   ところが、ここでも、共産党ー国際旅団の通常ルート(イギリスから2000人参加)ではなく、独立労働党-POUMに参加。
  そのため、大変な内戦の内戦を体験。<スターリン主義批判>へ。

*ひたすら売れない「私小説的」小説を書き、文章書きとなるため涙くましい努力を続ける。
  「動物農場物語」(45年)と「1984年」(49年)の政治小説を出し、50年には死んでしまう。

*死後40年ほどで、ソ連が崩壊して、「動物農場物語」と「1984年」は予言的小説となる。オーウェルは反ファシズム、反独裁主義だったのは間違いないが、さて、オーウェル自身の立場は、民主的社会主義、だったのか、トロッツキー主義だったのか、はたまた、単なる、イギリスの自由主義者だったのか?

*自らの体験を通して身につけた、<帝国主義批判>、<資本主義批判>、<スターリン主義批判>と、イギリス人として身につけた<decency>(人間としての真っ当さ)重視をどのように折り合いつけたのだろうか?


「ありふれたヒキガエルについての考察」(1946年)=  →原文

普通の人間のまともな感覚・感性を大切にしたオーウェルの珠玉の文章が、この短い文章である。
1946年3月、戦争が終わって初めて迎える春の喜びを表している。彼が最も深くかかわった「Tribune」という新聞に掲載された。

「1940年以来、毎年2月になると、この冬はもう終わらないのではないかという考えに襲われてきた。」
オーウェル、イギリス、ヨーロッパが体験した、暗く、苦しいファシズムとの闘いが「冬」に象徴されている。

しかし、春はやってくる。少し長いがこの文章の終わりを紹介する。

「しかしながら、ロンドンのN1(注1)にさえ春はやってきた、そして春を喜ぶのを誰も止めることは出来ない。この事実に気がつくと楽しくなってくる。交尾をするヒキガエルや麦畑で戯れる一組のウサギを立って眺めながら、この楽しみを出来たら私から奪いたいと考えている偉い人たちがたくさんいることを何度想像したことか?。だが、幸いなことに、彼らには止めることは出来ない。病気であるか、飢えているか、恐怖に支配されているか、牢獄かホリデーキャンプ(注2)に閉じこめられているかでない限り、春はともかく春なのである。工場に原子爆弾が積み上げられている、警察が市内を徘徊している、スピーカーが嘘を流し続けている。しかし、太陽の周りを地球は回り続けているし、独裁者や官僚がどんなにこの事実を否定したくても、この事実を止めることは出来ない。」

(注1)郵便番号としても使われるロンドンの行政区割り。N1は北部1地区のことで、オーウェルが当時住んでいた住所と思われる。
(注2)?

この文章を読んで、その簡潔さと内容の素直さと強さに打たれた。オーウェルは売れない小説家だった、と紹介したが、実は、彼が最も書きたかったのは、政治評論、政治的文章だった。

「政治的文章を芸術にする」(「なぜ私は書くか」)のが彼の目標だったのである。この文章はその最も成功した例だと感じる。

そこには、彼の社会主義のイメージ、<decency>を重んじる彼の基本的考えも示されている。

「春が巡ってきたことを喜べない人間が、どうして労働を軽減するユートピアで幸せを感じることが出きるのだろうか?」


=一枚の写真=

オーウェルがスペイン市民戦争への従軍の体験をつづった「カタロニア賛歌」は、やはり記憶に残る文章である。
しかし、1970年代に読んだ当時は、オーウェルが戦争に参加している写真などはなかった。それが最近の本では、上の写真が載っている。アラゴン戦線で1937年3月とある。

よくこんな写真が残っているなあ、とは感じた。ここに写っているのは、POUMの兵士たちで、「裏切り者」との烙印を押され、迫害、殺された人々だから、これは大変な「証拠写真」だとは思った。

この写真を撮ったのは、カタロニアのキャパと呼ばれていたらしいセンテレス(Centelles)。ライカのカメラで撮って、ネガのままフランスの農家に隠していた。フランコが死んでから、1976年の8月にセンテレスはフランスに行って、このフィルムを取り戻す。
オーウェルの伝記を書いていたバーナード クリックを助けていたベルガという人がこの写真を見て、オーウェルが写っているのを確認して、1979年に世に出ることになった。(以上のことはベルガ自身が書いている。「21世紀におけるジョージ オーウェル 」p292 Paradigm Publisher)

一枚の写真にまつわる、なかなか劇的な話しで、いろんな世界を体験したオーウェルにふさわしいと思った。

=「英語と政治」=

「政治と英語」(1945年12月)

オーウェルが薦める6つのルール。

1,隠喩、直喩など、出版物で一般的な表現を絶対使うな。
2,長い単語の代わりに短い単語を使え。
3,可能な限り、言葉を省略せよ。
4,能動態が使えるときは、受動態を絶対使うな。
5,外国語、専門用語を避け、日常英語を使え。
6,粗野な表現は、上のルールを侵しても避けよ。

これらのルールは、良い英語のための必要十分条件ではないが、最低条件であって、これを実行することだけでも「根本的な姿勢の転換を要求される」。
つまり、自分が書く英語を単純化することにより、「正統派的信念の最悪の愚劣さから解放される」ことになる  オーウェルにとっては、英語と政治は直結していた。「政治言語は、嘘を真実と言いくるめ・・・無に実体の外観を与えることを目標としている。」彼はそうした理解の下、英語を書くことの意味を論じた。
 いかにもオーウェルらしく、自分の習慣を改め、ありきたりの表現を「くずかごにほかす」ことから始めることを説いた。

   このルールを挙げる前に、オーウェルは、より具体的に、避けるべき英語の用法を明らかにしている。これは、少し、専門的にはなるが、60年後の今日でも、「目からウロコ」である。

 A 使い古された隠喩  stand in shoulder to shoulder with(一致協力する)
            fishing in troubled waters(漁夫の利を得る)
 B 単純な動詞の排除 make contact with   give grounds for
 C もったいぶった用語 phenomenon(現象)  utilize(利用する)   status quo(現状)等々60を越す語が並ぶ
 D 無意味な語  democracy  human  equality

   要するに、難しい英語、「使うとかっこいい」英語はダメだと言っている。なぜ、オーウェルはここまで、かたくなで、厳しいのだろうか?

   オーウェルは、著名人による「現代英語」の実例を5つ引用して、それを子細かに批判していく。現代英語は「自分のために自分の言葉」を使っておらず、独裁の結果、ここ10年、15年で、ドイツ語、ロシア語もみんな「退廃した」と言う。政治文章は悪い文章だという。安易な表現に流れず、ものごとの「意味を明らかにするためにイメージを作り出」さねばならないと言う。
 「日本に原爆を投下したことは正当化できるかも知れない、しかし、ほとんどの人にとっては耐えられない野蛮な表現によってしかできない。」
 人を殺すことを、きれいな、政治用語で飾るな、と愚直なまでにオーウェルは主張する。

 オーウェルは、自分が文章を書く最大の目的は「政治」である、と言いきっていた(「なぜ私は書くか?」)。  
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更新日 2005/12/2