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*** ホーチミンの風に吹かれて *** 【その4】





   今日も外に出たくないほど晴天の暑い日でしたが、用事があって出かけてみると、
  にわかに曇り空が広がり、1時間ほどの夕立となってしまいました。
  今年になってから雨らしい雨も降らなかったのですが、今月あたりから時々雨が降るように
  なってきました、いよいよ雨期の前兆でしょうか。

   季節感のないこちらにいると、ボヤボヤしている間に日本ではいつの間にか桜も散ってしまって、
  もう鯉のぼりの季節です。 その次は梅雨入りと本当に目まぐるしく変わる日本の季節には
  ついて行けなくなってしまいそうです。 日本の仕事もこれと同じで、忙しく働くのはこの季節の
  変化があるためなのでしょうか。
 




  
<交通機関>

   ホーチミンでの移動手段は、何と言ってもモーターバイクである。
  ホーチミン市の人口はちょうど大阪府の人口とほぼ同じ900万人なのであるが、モーターバイクが
  450万台というから、その普及率は50%である。

   当然街中はモーターバイクであふりかえることになる。
  ベトナム人は200mから200kmまでモーターバイクで移動すると言われている。
  日常の移動は全てモーターバイクが関わっていると言っても過言ではない。
  生きた鶏から建設資材まで、市場に出すありとあらゆる物をバイクで運ぶ。
  その積み方たるや芸術品である。 ホーチミンではもう見られなくなったようであるが、ハノイでは
  生きた子豚を 5,6匹花輪のようにして運ぶこともあるようで、 軽トラック程度の荷物なら、
  モーターバイクで運んでしまうのではないかと思われるほどたくさんの荷物を積んでいる。  
  このようにモーターバイク中心の生活なので、街中を歩いている人は、観光客ぐらいで
  ベトナム人はほとんど歩いていないのである。






                         風船のおもちゃを運ぶバイク

   ほんのこの前まで、中国の自転車洪水が有名であったが、ベトナムでは、まさに今モーターバイクの
   洪水なのである。横断歩道手前で道路幅いっぱいに信号待ちをしている数え切れない数の
   モーターバイクの集団を見ると、日本の暴走族を彷彿とさせる光景である。





信号待ちの様子


 

   男も女もヘルメットは当然だが、ほとんどがマスク、タオルやスカーフ、サングラスを着用している。
  マスクは顔が隠れてしまうほどの大きめの柄ものマスクなので、さながら暴走族の覆面のように見える。
  空は晴れわたっているのでそれほど大気が汚れているとは思われないが、バスの中でも女性は
  マスクをしたまま人が多いので、排気ガス対策だけでなく、埃、人混みに対して相当敏感に
  なっているのではないかと思われる。 女性は特に日中の日焼けに対しても敏感であり、
  マスクで顔を隠したり、ロングの腕カバーをしたりしている。とにかく、モーターバイクは集団で道路を占拠し、
  その中を車両が走っているという状況なのである。 ただし、スピードはそんなに出していない
  (混雑していて出せない)ので、危険ということはない。

   信号のある横断歩道ならまだよいが、これが信号機のないところとなると道路横断に至難の業が必要となる。
  初めてホーチミンに来た人は、まず怖くて渡れないだろう。 最初はベトナム人の後について渡っていたが、
  何しろあまり歩いている人がいないので思い切って渡るしかないと思い、勇気を出して渡ってみたのである。
  その結果、次のことが明らかになった。 まず重要なことは、絶対に走って渡ってはいけないということ。
  モーターバイクが避けきれないからである。渡るには、バイクの来る方向を見据えて時には睨むように
  ちょっとしたバイクの流れの隙間を見つけてゆっくり進むのである。

   隙間がなければ立ち止まるとバイクの方で避けてくれる。 従って、歩いては立ち止まりまた進むというような
  尺取虫のように進むのである。 反対車線まで来たところで、今度は反対側から来るバイクを注視し、
  また、同じように進む。 道路幅いっぱいのバイクの流れの中で、最初は相当な恐怖と孤独を感じることになる。
  半年経った今でも、こればかりは気合いを入れて渡らなければならないのである。




見よ、このバイクの洪水。



 
   次の交通機関はバスである。

   乗客はモーターバイクを持っていない学生やおばさんが多いように思われるが、
  なぜか子供連れが少ない。 モーターバイクでは、家族3人、4人は当たり前、時には5人で乗っている
  家族連れを見かけるのであるが、バスにはほとんど乗ってこない。 この違いは何であろうか? 
  バスだと乗る前と降りた後に目的地まで歩かなければならない。
  道路の混雑状況からして、歩くという行為は危険であり、これを親がさせたくないということなのだろう。





早朝のバスの車内の様子。市中に食材を売りに行く人。





   料金については、市内バスであるSai Gonバスは、30kmくらいまで4,000ドン(約16円)である。
  これは共産主義国ならではの安さだろう。 料金の収集方法は、車掌が車内で切符を売っているので
  乗車するとすぐ徴収にくるが、切符を買っていないでいると突然乗ってくる検札員のチェックに引っかかり、
  罰金を払うことになる。 これは、ヨーロッパ大陸方式と同じである。
  路線によっては車掌のいないワンマンバスもあるが、まだ非常に少ない。
  乗車すると運転席の横に設置してある料金箱にお金を入れるのは日本と同じなのだが、
  料金箱なのでお釣りはでてこない。 当然、運転者がお釣りをくれるシステムである、
  最近、お釣りがコインで出てくるバスに乗ったことがある。 この国のお金は全て紙幣ばかりだと思っていたが、
  5000ドンコインがあるのを初めて知った。 2000ドンコインも一度手に入れたことがあるが、
  貴重なせいかコインはほとんど流通していない。

   バスは路線や便数も多く、手軽に利用できるのでいつも乗客は満員である。
  また、モーターバイクの方が断然早く着けるため、急いでいない人向きである。
  私も日曜日に市街の中心部に行くときは、よく利用している。バスにも大小新旧様々なバスが走っているが、
  中でも珍しいのは、軽4トラックの荷台に座席をつけて幌をかぶせたようなバスであり、
  5,6人しか乗れないだろうと思われるが、これも立派な公共バスなのである。
  また、長距離バスも発達していて、ほぼ全土を網羅しており、モーターバイクで行けない
  距離はこれを利用することになる。 ホーチミンからは、カンボジア行きの国際バスもある。
  プノンペンまで6.5時間 $13なので、一度試してみたいと思っている。
  鉄道は、ホーチミンからハノイまでの列車が1日に数本あるが、ハノイまで最短で30時間かかる
  ノロノロ運転だし、座席数も限られているため、あまり一般的ではないようだ。
  列車での長時間の旅は、その国の習慣や時間の過ごし方の様子が凝縮されていて大変興味深いのであるが、
  なかなかこれだけの時間的余裕がない。

   しかし、これもベトナムにいる間に一度乗って経験してみたいと思っているが、乗った人に聞くともう二度と
  乗りたくないとのことであったので、推して知るべしなのかもしれない。ちなみにホーチミン市内は、
  市中に鉄道が走っているが、単線でしかも列車本数が極端に少ないので開かずの踏切ということはない。
  普段は普通の道路だが列車が来ると、ガラガラとフェンスを路上に出してきて、にわか踏切となるのである。
  ましてや、夜間長距離貨物列車が走ることなど、到底考えられない国なのである。
  それだけ物流が発達していないということなのだが、この問題はかつての中国がそうであったように、
  発展の余地がものすごくあると思われる。

   次は身近なタクシーであるが、メータータクシーとそうでないタクシーがあり、注意が必要である。
  初乗りが安いので近くだと便利でよいが、遠くになるとこの国の物価水準で考えると相当な額となる。
  タクシーのマナーは、その国の成熟度を示すバロメーターである。初めての国に降り立った時、
  最初にタクシーのお世話になる。そのタクシーの運転手の態度、タクシーの車内の様子、料金などといった
  情報から、その国のレベル、すなわち教育水準、社会水準、物価水準等を推し量ることができる。

   まだメーターがないタクシーがあること自体これから発展する国と考えることもできようが、
  相場のわからない外国人にとっては初めて利用するとき、法外な値段をふっかけられて
  後味の悪い思いをすることが多い。

   私もなるべくメータータクシーを選んで乗るようにしており、ホーチミンでは、2、3のタクシー会社の他は
  中小が乱立しているという状況である。
  その他に、これはタクシーにはならないと思われるが、バイクタクシーというのがある。
  これはおそらく無許可の個人営業だと思われる。日曜日などには、会社員がアルバイトとして
  やっている輩もいる。 この料金は交渉になるので少し言葉が必要になるが、料金はタクシーの
  半額程度である。お客用のヘルメット、雨合羽はちゃんと用意されている。
  ちなみにヘルメットなしは10ドルの罰金である。

   主にバス停や交差点の角などで客待ちをしており、道を歩いているとよく声をかけられる。
  相場さえ知っていれば、ぼったくられることはないだろう。
  今、地下鉄が1路線建設中とのことであるが、その乗車料金はモーターバイクの燃料代を参考に
  算出されているようである。 地下鉄の最大のライバルはモーターバイクなのである。
  付加価値としては、地下鉄は移動中休息ができるということ、安全であること、
  雨の日も濡れなくてすむということで、案外人気になって渋滞解消の一助になるかもしれない。





おまけ シクロ


観光シクロ。
ホーチミンは雑多な街なのでシクロ観光には向いていないが、
なぜか西洋人は乗ってみたいようだ。




    シクロは人力車の自転車版であるが、今では完全に観光用である。
  時々外国人が乗っているのを見かける程度であり、ほとんど見かけなくなくなった。
  というのもバイクに占領されている道路を走るのは容易ではなくなったからであり、
  圧倒的にバイクが便利で速い。
  自転車をバイクに置き換えたツクツクという乗り物がフィリピンやインドネシアでは一般的な
  乗り物になっているが、ベトナムでは一気にバイクが個人の乗り物になってしまったようだ。


      以上その4完
   沖見 供顔








*** ホーチミンの風に吹かれて *** 【その3】





     テト(旧正月)明けから、近所の食べ物が15%から20%一斉に値上がりした。
   このところ物価上昇は少し落ち着いてきたものの依然としてインフレ状態には変わりなく、
   値上げが追いつかないほどだ。 そのためベトナムドンの切り下げが行われ、4年前と比べて、
   対円では約50%下落している。
   市民は明るくがんばっているように見えるが、生活は苦しくなっているに違いない。






いつも買ってるバイミー屋さん。 7000ドンから8000ドンへ値上げ。




Officeで食べる先ほど買ったバイミーと自分で入れたベトナムコーヒー。




  <昼食>

    郊外では市中心部のような所謂レストランのようなものはほとんどなくて、
   COMと表記のある定食屋で食べるのが普通である。 COMはご飯の意味であり、
   至る処でこの看板を見かける。

    したがって、えり好みさえしなければどこに行っても昼食に困ることはない。
   定食のシステムは、肉、魚、野菜等を煮付けもの、炒めたものが数種類用意されており、
   このおかずを2種類前後選択すると、ご飯とスープが付いてくるというものである。
   おかずは、希望のものを指さして注文すれば、ご飯に一緒盛りにしたり、小皿に分けてくれたりする。





COMで昼食を食べている少年。 いつも宝くじを食事中の人に売りに来ている。
本当はもっといい笑顔をしていたのだけど、シャッターチャンスを逃してしまった。





   ベトナム人は女性でもご飯をよく食べる。
  山盛りになっているご飯を小柄の若い女性がパクパク食べているのを見ると、思わず感心して
  見とれてしまう。
  
   こちらの米はタイ米に代表されるインディカ米であるが実にたくさんの種類があり、現在では
  「こしひかり」や「あきたこまち」も栽培されている。

   しかし、COMで口にする米はタイ米ほどパサパサではないが、あまり湿気をふくんでなく
  粘りも少ないため、お腹にたくさん入るのである。
  そのため、おかずは濃い味付けのものが多く、少量のおかずでご飯をたらふく食べられるように
  なっている。
  おかずの汁だって残さずご飯にかけたり、スープにご飯を入れて雑炊のようにして食べて
  しまうのである。

   私の場合、COMの評価はご飯である。 炊きたてのおいしいご飯を出すところは、
  おかずが何であれ大抵満足できる。 安い米を使っているところは、いくらおかずがよくても
  結果うまくないのである。 まさにご飯=命といったところなのである。

   こちらは1年中米が作れるが普通は年2回であり、1回目は収穫まで半年かかる付加価値の高い
  米を作り、もう1回は3ヶ月で収穫できる安い米を作っているそうだ。
  安い米にはタムという砕けた米もあって、これもポピュラーである。
  南北に長いベトナムは地方によっても作る米が違うので、大変な種類の米が出回っていることになる。





ちょっと豪華な昼食。
ここは一人用の炊きたてご飯(コムニュー)を出している。
これがまことに美味しい。 後から魚の煮付けも出てくることになっている。
郊外レストランのため、一人200円くらい。





    ご飯のおかわりや追加はたいてい無料である。 おかずの種類や数にもよるが、
  1.5〜3万ドン(60円から120円)でお腹いっぱい食べられるのであり、
  これは20年前の中国の都市部の物価水準に相当する。(対円での比較)
  また、大皿の香草が無料で付くCOMもある。 ただし、日本のようなサラダをイメージしてはいけない。

   ホーリーバジル、リモノフィラ、ミント、 ドクダミのような茎から切り取った葉っぱものの香草を
  ドレッシングも何もなしでそのまま口に運ぶのである。 その食べるタイミングであるが、
  ご飯を口に運んでいる合間におかずの一部として食べるのであって、ご飯の前とか後にまとめては、
  さすがにベトナム人も食べていない。 私にとっては、ウサギのえさとしか思えないが、
  体にいいはずだと言い聞かせて食べるようにしている。 今ではこれがないと何だか物足りない。

   しかし、これらの香草を全く食べないベトナム人もいるので、人によって好き嫌いもあるようだ。
  若いベトナム女性は、アオザイでもお馴染みのようにおおむねほっそりした人が多いが、
  惜しいことに年をとってくると下腹が出てくる人が多くなるのは、このご飯のせいであろうか。
  ご飯をお腹いっぱい食べる傾向は、中国やフィリピンでも同じであり、米穀中心の国では
  普通のことであるようだ。

   むしろ日本人の少食が世界の中で際だっていると思われる。
  それなのに太った人が多くいるということは、腹にもたれる日本米もさることながら、米以外の
  高カロリーの食品をたくさん食べているということだ。

   そういえば、こちらには油を多用した高カロリーの料理が少ない。
  文化的には中国の影響を多大に受けているはずだが、不思議と料理はベトナムの伝統料理を守り、
  油を多量に使用する中国料理は、受け入れられていないようだ。
  その点、フィリピンやシンガポール、マレーシアなどの中国料理化した得体の知れない
  料理とは全く違うのであって、この点も日本と似ていることかもしれない。

   私は日本の中華料理はもはや中華料理ではなく、日本料理の一種であると思っている。
  ホーチミンでも中華料理は存在するが、日本と同じように高級レストランになっていて、
  一般化しているのいるのは、やきそばとチャーハンである。
  話が少々脱線するが、歳を重ねるにつれ食べられない料理ができてきたように感じている。
  若い頃は、好奇心も旺盛で何でも食べてみようという気があったし、山に登っていた頃は、
  持って行ったもの以外に食べ物はないので、それを食べるしか選択はできないことなど、
  今まで私はそれほど食べ物には固執はしていないつもりであった。

   それがこのところ少し変化が出てきたように思う。
  それは、ダイビングで行っているフィリピンでのことだ。
  ダイビングでは多量のカロリーを消費するため、普通は夕食がおいしく食べられる。
  それが、いつもダイビングで宿泊しているところで出されるフィリピン料理がある時を境に
  食べられなくなってしまったのである。 中国料理化した得体の知れない料理に対して、
  食欲がわかなくなったのである。 それ以降、フィリピン料理は避けるようになり、
  日本からインスタント食品を持参するようになった。
  老化が味覚の好奇心を奪ってしまったのかも知れない。





こちらでは燻蒸する必要がないので、もぎたてを売っている。
まだ青いが1日で黄色くなる。 もぎたては、イチジクと同じようなアクがある。




   ベトナムでのその他の外来の食べ物であるハンバーガーやフレンチフライは、ここではまだ
  高い食べ物であり、市の中心部にしかチェーン店がなく、そこではちょっと気取った若い人たちしか
  食べてはいない。
  
   この高いという感覚なのであるが、この辺りでは3万ドンを越すCOMとなると高い部類に入るであろうと
  思われるが、ハンバーガーセットは、この倍はするので、普通のベトナム人にとっていつも食べられる
  ものではないはずだ。

  私の場合、普通のベトナム人と同じく昼食はほとんど仕事場近くのCOM以外で食べたことがないが、
 今のところ全然不満はないのである。





昼食後屋台で買ったチェーというスイーツ。
コーヒーゼリーではなくて、ぜんざいあんみつのようなもの。 6000ドン(22円)。




               以上その3完     沖見 供顔
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*** ホーチミンの風に吹かれて *** 【その2】






    こちらの正月は旧正月のため、休みも1月1日だけで街は全然正月らしくないのです。
  今年の旧正月は今月23日からであり、お盆のないこちらでは旧正月はそれこそ盆と正月が
  一度にきたような長い休みとなるため、帰省や旅行で交通機関は全て満席の状態となるようです。
  この期間はほとんどの店が閉まり、ホテル以外食べるところもないようなので、
  私も一時帰国することにします。






  
 <朝飯>

    ベトナム料理は日本人での間では評判がいい。
   ガイドブックにもベトナム料理を真っ先に紹介しているほどその種類が豊富であり、
   どれもおいしいと思える。 それは、ある程度のレストランは当然ながら、通りのあちこちに出没する
   屋台や簡易な食堂でも まずは大丈夫であろう。
   しかし、当然ながら人気店とそうでない店があり、地元の人はよく知っていて、おいしくて安い店は
   いつも混んでいる。




早朝から営業している魚屋兼八百屋。 食用ガエルは、魚屋で売っている。





   ベトナムの朝は早い。ほとんどの会社の出勤時間は7時から8時までである。
  したがって、通勤時間帯は5時半くらいからスタートする。
  今は朝抜きにすることが多いが、現場に行っている時は、私の朝ご飯はたいてい
  通りの屋台で売っている弁当屋さんで買っていた。

   ポピュラーなのは、フランスパンに具をはさんだサンドイッチか発砲スチロールの
  入れものにご飯を入れその上に具を載せたものであった。
  フランスパンはフランス統治時代の置きみやげであり、少しスカスカではあるが、
  味はしっかり受け継いでいる。

   従っていわゆる四角い食パンという文化ではない。ご飯の方はフライドライスにしたもの、
  おこわ、ブンという米の麺などがあり、屋台により専門化している。
  人通りの多い通りでは、朝は2,30mおきぐらいに屋台が並びそれぞれ具やご飯に
  特徴のある弁当を売っている。 どちらも1万ドン(約36円)であるが、ご飯のほうは
  ハーフサイズがあり、こちらは6千ドンが相場のようである。
  地元の人は具の種類とか多く入れてとか少なくとかいろいろ注文をつけて買っているが、
  私は当然出されるがままのものを買っている。

   これらの朝食専門の屋台はせいぜい8時頃までが勝負時間であり、その後は
  跡形もなく通りから引き揚げるのである。
  他にはこれらの弁当に追加して、別の路上店でアイスコーヒーを買うこともある。
  こちらは氷をいっぱいに詰めた持ち帰り容器に非常に濃いベトナムコーヒーと
  砂糖を入れて作ったもので、1時間くらいして氷が溶けるのを待ってもまだ味は濃いままだ。
  従って味の薄い上部の方にストローを引き上げて、チョビチョビ飲むのであるが、 コーヒーの量は
  もともとデミタスカップ程度しか入っていないのですぐになくなり、後は氷が残っている状態で
  捨ててしまうことになる。
  



いつも買っているカフェの屋台。 愛想がとてもいい。




     今は事務所勤務なので自分で入れているが、これがなかなか難しい。
   入れ方は簡単であり、カップに収まる専用のドリップに粉を入れ、押さえの板を落とし、
   お湯を入れて蓋をして、5分間待つのである。
   これはコーヒーショップでも同じだ。 しかし、私が作るとコーヒーにはいつも粉が混じってしまう。

    濾すのは紙や布ではなく金属のドリップの底に開いた穴なので、粉は落ちる可能性があるが、
   落ちないようにちゃんとすることがあるということを後になって教えてもらった。
   少ししつこくなるが、粉を入れたところで少量のお湯を入れて粉に十分染み込ませ、
   中蓋でしっかり押さえてから中蓋の上からお湯を注ぐのである。
   こうすると粉は固まって穴からは出ないというわけである。

    もちろん中蓋にも小さな穴が開いている。 しかし、粉の量によって中蓋の落とし方が
   微妙に違い、私にとっては、まだ、乗り越えることのできない壁となっている。
   ベトナムコーヒーは知る人ぞ知る、世界第2位の生産高を誇っており、
   これもフランスの置きみやげである。 実際ca pheはベトナム語になっている。
   現地の人は、このca pheを1時間くらいかけて飲むのが当たり前のようだ。
   6000ドンのコーヒーでもお茶の無料サービスがちゃんと付く。

    ちゃんとしたカフェでは、2,3時間は粘るのが当たり前でよくそんなに話すことが
   あるなあと思うほど延々としゃべり続けている。
   ベトナムコーヒーについては、たった4ヶ月ほどの滞在では口出しできないほど
   奥が深いものがあるようだが、薄味に慣れた日本人にとっては、この濃い
   ベトナムコーヒーは好みが分かれるかもしれない。 しかもとても甘い。
   アイスミルクコーヒーなどはコンデンスミルクを使用するのでさらに甘くなるが、
   慣れてくると甘くないと何か物足りなく感じてしまうほどになるから、私の舌の感覚は
   ずいぶんこちらの味に馴染んできたのかもしれない。

    屋台の価格は相場があるようだが、これを知らない外国人には現地の人より
   高めで言ってくることがある。  このあたりはこの国のしたたかな国民性に
   よるものかもしれないが、ベトナムに限ったことではなく、所得の低い国ではどこでも同じである。
   しかし、ベトナムが他の国と違うのは、外国人に対して初めは警戒しているような、
   または怪訝そうな顔をしていても、相手が安全であるとわかると、とたんに愛想がよくなる。
   皆が皆そうではないが、住んでいる郊外では特に感じる。

    ベトナムは、ベトナム戦争においてアメリカが太平洋戦争の2倍の弾薬と
   10年の歳月をつぎ込んでも勝てなかった国である。
   その前にも内乱やら外敵の侵入やらと散々な歴史を持っており、ここで語るには
   あまりにも重い国民性の背景があるはずなのであるが、なぜか明るいのだ。
   
    そして、この国の人たちはなんとやさしい微笑みを持っていることか。
   近藤紘一氏の「サイゴンから来た妻と娘」にもあるように、36年前のサイゴン陥落前でも
   同じであったようだ。
   近藤紘一氏はこの微笑みに救われて、この微笑みをもつベトナム人女性と
   結婚するのであるが、今でも同じ思いを持つ日本人は多いことだろう。
   その証拠に今勤務している会社でもベトナム人と結婚した社員が二人いて、
   かなり確率が高いといえるのである。

    しかし、先ほど触れた歴史的な背景をみてもなぜこんなにもやさしい表情が
   できるのであろうかと時々考えてしまうのである。 市中の博物館、記念館などは、
   全て戦争の記録とか政治的弾圧の時代が展示されているものばかりであり、
   とても微笑んで見ることのできるものではない。

    それでは、何が彼らをそうさせているのか? 私がわずかにこの街に住んだ想像であるが、
   この国は元々農耕民族なのであるということだ。
   日本もついこの前までは、国民のほとんどが農業に従事していた。
   そして初めて来た外国人に対して微笑んでいたという過去がある。
   日本と同じ大乗仏教であり、農耕民族であるがゆえに狩猟民族にはない共同体意識からくる
   やさしさや自然に対しての従順さからにじみ出てくる微笑みなのかもしれない。

    とにかくここでは、どんなにどん底であっても、
   米は実り、果実は豊富であり、1年中豊かな自然の恵みに恵まれている
   生活環境があるのである。 同じく近藤紘一氏の「サイゴンから来た妻と娘」の中にも、
   こちらでは水牛にスキを引かせ、田植えさえすれば、あとは稲の方が勝手に実ってくれる。
   それでもベトナム人は勤勉だから「コメを育てる」という。 同じ稲穂の国でも隣のカンボジアでは
   「コメが育つのを眺める」、ラオスに行くと「コメが育つ音を聞く」だけで暮らしていけるそうだ。

    だからこそ、そこにはほとんど何の魂胆もなく、ありのままの自分を見せることができるのであろうと
   思えるのである。 ホーチミンはすでに大都会であるが、さらに南下した地方ではこのやさしが
   十分に残っていて、とても居心地がよいと聞く。 一度、じっくり訪ねてみたいと思っている。
   従って、他の国でよくある初めは油断させておいて、あとでひどい目に遭わせるということも
   特別な場合を除いてないのである。 特別な場合とは、ベトナムにも外国人を手の込んだ方法で
   騙す輩がいることは聞いている。 

    特に国際空港ターミナルでのタクシーは微笑みもなく、ぼったくる輩が多いことは確かなようだ。
   これだけは、何とかしてほしいと思っているが、一向に改まらないようである。

    話が大きく脱線してしまったが、朝食に限らずこの国の食事の取り方は、忙しく働いているせいか
   外食が根付いている。 朝食を買う行為そのものにも、そこには必ずコミュニケーションが存在する。
   具材の品定めや量の加減とか何かしらの会話があり、客同士の会話にも発展し、言葉のわからない
   私にも 同意を求めてこられて困ってしまうが、いつも笑ってごまかすかないのである。
   

  以上完

                          沖見 供顔 









ホーチミンの風に吹かれて ***【その1】





ホーチミン中心部の新と旧




朝6時アパートの近くの通り






    日本は紅葉が南下してくるころなのに、ここベトナム南部のホーチミンは、雨期もそろそろ
  終わりにきたかという感じる程度で、相変わらず日中は汗が吹き出る毎日なのである。
  こちらに来て2ヶ月が経ち、やっと便りを書く余裕ができたので、こちらの様子を気の向くまま
  綴っていこうと思う。(不定期更新)

   こちらに来てみて感じたことは、まず、環境の激変について行けず、自分を納得させるまでに
  1ヶ月以上の時間が必要であったことである。

   いざ来てみると、いろんなことが同時に瞬時にやってきて、のほほんと暮らしてきた今までの
  日本での生活と360度違った生活となり、戸惑いだらけの毎日になったわけである。
  多くの駐在員の方が経験されているように、最初はあらゆる角度から日本との比較を行い、
  日本ではこんな値段は考えられないとか日本人ならこうは考えないとかこれは食べられるが
  あれは食べられないなどと比較してしまうのである。

   今まで多くの国に行き、様々な人と巡り会い、その国の特異性をこういう国だと理解してきた
  つもりであったが、今思いかえしてみると、それはほんの旅行者に過ぎず、一過性のもので
  あったに過ぎなかったということに今気がついた。








  
<言葉>

   私はベトナム語が全くしゃべれないため、これほど語学に不自由した経験が今までになかったし、
  不自由しなくて済んだ国が大部分であったことから、これが相当なストレスに感じていることの
  ひとつであろうと思われる。

   それはアラビア文化圏であろうと東南アジア諸国の文化圏であろうと大抵は英語で事は
  足りていたからである。
  私が行った国で、唯一英語が全然通じなかったのは中国であったが、ここは筆談という手段が
  使えるため、片言の中国語さえできれば、10日間程度の旅行なら英語なしでも一人で十分
  動き回れたものだった。

   ところがここは、自分の持っている能力らしきものが全く何の役にも立たないことを悟るには
  そう時間は必要ではなかったのである。それは、不幸にも市内中心部から相当外れた英語の
  全然通じない郊外に住んでいるため、まず食べることからから始まって、移動、買い物と生活の
  あらゆる場面で直ちに意志が通じないとことに直面しなければならなったからである。

   一応ベトナム会話の本を買って、真似してみたが全然通じないし、言っていることも全然わからない。
  ここは標準語ともいうべきハノイの北部方言ではなく南部方言であるということはおぼろげに
  知ってはいたが、ハノイ方言もほとんど知らない状態で南部方言を理解などできるわけが
  ないことは当然である。

   初めは仕方なく究極の手段である身振り手振りで意志表示をするしかないという全くもって
  ここ何十年も経験したことのない原始的手段をとる以外に方法は見つからなかった。
  しかし、数字くらいはこれでなんとかなるが、食べ物となると身振り手振りでの意志表示はかなり
  難易度が高くなるというか不可能に近くなる。 たとえば、鶏肉を食べたいと思ってもにわとりの
  真似をいちいちやっているわけにはいかないのであり、野菜の炒め物など身振り手振りでの表現を
  通り越している。

   そこで取り出すのが写真付きのメニューが載っているガイドブックであるが、ガイドブックの
  メニューはベトナム全土の郷土料理を紹介しているため、ホーチミンにはない料理や言い方の
  違うもの、料理方法が違うもの、そもそも入った店のメニューないものなど写真そのままの料理なんて
  ほとんどないに等しいのである。

   従ってまず、これだけは知っているという料理名を頭にたたき込んで、食事に出かけるのであるが、
  今でも半分くらいは、運を天に任せてメニューを指さして注文している有様である。
  しかし、幸いなことにここホーチミンの料理は、日本人に合っており、著しく辛いか著しく臭いというような
  失敗だった料理は非常に少ない。 その昔ドイツでドイツ語しか通じないレストランに偶然入り、
  シチュウを身振り手振りで注文したつもりであったが、出てきたのは一人では食べきれない
  大きな豚足を塩ゆでしたものであった。

   周囲のテーブルの人からじろじろ見られるわ失笑の声が聞こえてくるわで、顔から火が出そうなくらい
  恥ずかし目にあって、ほとんど料理には手をつけず出てきてしまったことがあるが、その再現は
  今のところここではない。

   身振り手振りのほかには、厨房に入って材料を指さす方法がある。
  この方法は、屋台で麺類などを食べるときは材料が見えるので実用的な方法であるが、
  食べる店が限定される欠点がある。
  もっともヨルダンでは、店の奥まった厨房まで入り込んでぶら下がっている肉を指さして注文した
  経験があるが、これも一度きりのことで、たびたびやれるものではない。
 
    ベトナム語の次の問題は、英語である。
  日中は一応英語で仕事をしているのだが、これがまた今までに経験したことないベトナム英語というか
  英語になっていない発音なので、半分以上何を言っているかわからない状態なのである。
  欧米の会社に勤めていた人はかなりわかりやすい英語なのであるが、学校で勉強しただけの
  ベトナム人は、こうはいかない。

   現在のベトナム語はフランス人宣教師により考案されたアルファベットに発音記号をつけた文字で
  本来の言い方を表しているのだが、F, J, W, Z は用いられておらず、これらの発音がないことや
  概して1語が5文字以内の短い言葉が多く、語尾をはっきり言わない傾向があるため、
  英語をしゃべるとなるとこれらの癖が出て、非常にわかりにくい英語になってしまうのである。
  ベトナム人の方には悪いのであるが、たとえば、fishは想像もできないほどかけ離れた
  発音になってしまうのであり、becauseはビッコーになってしまうのである。

   シンガーポールでもこの傾向があって、エアポートをアポトと言っていたタクシーの運ちゃんが
  いたが、今はどうか知らない。

   この2ヶ月で元々自信のない英語が更に自信をなくしてしまうことになったのである。
  これも戸惑いを通り越してストレスを感じるほどであったが、2ヶ月経った今では
  「あーわかんないなー」と思いつつも何度も聞き直して付き合う余裕がでてきたのである。
  それもこれも愛すべきベトナム人だからこそ許せるのであって、歴史的には日本と全く違うのであるが、
  日本人と似ているところがあると思える。
  これは多くの日本人滞在者の感想だから、私の特有の感覚ではないと思う。

  以上完
 

                             沖見 供顔